災害時に浮上する苦悩の人々
大阪北部地震から5日経った。
強い揺れには驚いたが、なんとなく「南海トラフ大地震が来た」とは思えず、平常心も保てる範囲のインパクトだった。
ただ、テレビを見て交通網が麻痺していることを知って事の重大さを知った。
オフィスにたどり着けないので身動きが取れず、ソファに転がってPCで作業することに。
気象庁は地震後、「7日間、特に2,3日間は余震があるので注意するように」と発表。どこかから21日は「南海トラフ大地震が来る」という噂が流れてきて、もやもやした気分で過ごすことに。
奇しくも、今月の「100分 de 名著」ではカミュの「ペスト」が取り上げられていた。伊集院光が識者とテーマとなる本を解説する番組だが、今回の「ペスト」はアルジェリアのオランという町を舞台に、ペストに襲わた人々の苦境と団結を描くいわゆるパンデミック小説だ。
登場人物のなかに、コタールという密輸業者がいた。冒頭では逮捕されるという不安から自殺を図るほど、絶望にかられていた孤独な人物だが、町の人々が怯えるようになって人々と連帯意識を持つようになる。そして享楽的な生活を送るようになった。
孤独な男がペスト、全ての人が不安にかれる世界のなかで居場所を見つけたのだ。
今回の地震において、恵まれた境遇の人も、不遇な人にも、等しく「不安」がふりかかっている。楽天家の私でさせえ、不安に駆られる。
そんななか、平静から何か不安や苦悩を抱えている人が、意外にも明るい表情をみせていることに気付いた。本人も地震を恐れてはいるが、それ以外の軽やかな感情が動いている。
自分をみつめなおしても、確かに余震の不安はあるが、その不安が「私だけが不幸なのではない」という気持ちに向かわせるような気がする。
今回の震災とカミュの「ペスト」はそんなことをしみじみ考えさせてくれた。